そのADHDが薬で治るか予測できるとしたら?【AI×メンタル】(論文)

   
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最終更新日:2021/02/18

「発達障害」に関する興味や理解は、日本においてはここ十数年で急速に普及してきた印象があります。「発達障害」という言葉のごく大雑把な理解としては、

「生まれつき脳の機能に偏りがあり、社会生活で様々な困難が生じている状況」

というあたりになるかと思います。よく挙げられる例として、

  • 「場の空気がうまく読めない」
  • 「人の気持ちがよくわからない」
  • 「コミュニケーションが非常に苦手」
  • 「物事へのこだわりが強すぎる」

などがあり、こうした特徴が目立つ人は、「自閉症の傾向がある」などと判断されることがあります。


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また、

  • 「気が散りやすく、勉強や仕事が進まない」
  • 「やたらと忘れ物が多い」
  • 「どうしても時間を守れない」
  • 「後先をあまり考えず、思いつきで行動してしまうことが多い」

といった人は、「ADHD(注意欠如多動症)っぽいね」と言われたりします。






ADHDに関しては治療薬がいくつか存在しますが、最もよく用いられている薬剤の1つがメチルフェニデートです。

メチルフェニデートの作用を非常に簡単に言うと、神経伝達物質(いわゆる「脳内ホルモン」)の一種であるドーパミンの働きを増幅することで、ニューロン同士の連絡を良くし、結果として集中力などが向上するというものです。

今回は、このメチルフェニデートの治療効果を、患者さんごとに脳の形態から予測してみようという研究を紹介します。

この記事で解説する論文

Chang JC, Lin HY, Lv J, Tseng WI, Gau SS. Regional brain volume predicts response to methylphenidate treatment in individuals with ADHD. BMC Psychiatry. 2021 Jan 11;21(1):26. doi: 10.1186/s12888-021-03040-5. PMID: 33430830; PMCID: PMC7798216.

著者情報

【Asa-jirow】

精神科医。ゲーム製作会社,法律事務所勤務を経て医師に。AI学会会員。意識のハード・プロブレム,人工人格について考察中。

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研究の概要

研究を行ったのは、台湾のChangらのグループで、対象となったのは79人のADHD患者(6~42歳)です。

まずこれらの患者のカルテの記載内容を精査し、メチルフェニデートによる治療が有効であった群(63人)と無効であった群(16人)に分類しました。

次に、患者の脳のMRI画像から両群の脳の解剖学的特徴を同定し、さらにその画像データから治療効果を予測できるかどうかを検証しました。

薬が「効く人」と「効かない人」の脳の違いは?

結果、無効群、つまり「薬の効かなかった人」では、左の「被殻(ヒカク)」の灰白質容積が小さく、「楔前部(セツゼンブ・ケツゼンブ)」の容積は逆に大きいことがわかりました。

上の図で、赤いところが「被殻」、青~水色が「楔前部」です。

「被殻」は、ドーパミンによる神経伝達が活発に行われている場であることが知られています。そこが小さいと言うことは、まさにドーパミンに作用する薬であるメチルフェニデートの活躍する場が小さいということでもありますから、薬としての効果も小さくなると考えて矛盾はないでしょう。逆に被殻の大きい人は、それだけ薬の活躍する場が大きいので、その分効果も期待できる、と考えれば辻褄はあいそうですね。

次に「楔前部」ですが、Changらは、「被殻」の大きさと「楔前部」には機能的結合があり、そのため「被殻」が大きいと「楔前部」は小さい、「被殻」が小さいと「楔前部」は大きい、という負の相関があるのであろう、と考察しています。

なお「楔前部」は、「デフォルトモードネットワーク」を構成する主要な領域の1つとされています。「デフォルトモードネットワーク」とは、安静時、つまり特に何もせずボーッとしているときに活動しているとされる脳内ネットワークです。「ボーッとする」ためのネットワークなんて必要なの?と思ってしまいそうですが、実はこれが、様々な情報の整理や創造活動において重要な役割を果たしていると言われています。

ADHDの方の場合、このデフォルトモードネットワークが過剰に働きやすい(何かの課題に取り組んでいるときにも、ボーッとしてしまいやすくなる)と考えられており、メチルフェニデートはその働きをある程度コントロールするのだろうと推測されます。

サポートベクターマシンを用いた効果予測

Changらはさらに、機械学習(サポートベクターマシン)を用いた治療効果の予測を試みています。上記の「左被殻」「楔前部」に加え、両側外側前頭葉、左頭頂葉、両側後頭葉、帯状回および小脳のそれぞれ一部の容積が治療効果の予測に有益であったとしています。下図の赤い部分がそれらに該当します。

感度93.7%、特異度81.3%、AUC0.88という数字が挙げられており、分類性能としてはまずまずというところでしょうか。

この結果を信頼するなら、治療開始前にADHDの患者さんの脳MRIを撮ることで、ある程度の精度でメチルフェニデートの効果、すなわち「効くか効かないか」を予測できる、ということになります。

まとめと課題

今回の研究は、ADHDと診断された患者さんに対する、メチルフェニデートという薬の効果を事前に予測しようという試みでした。予測精度など、数値上は悪くない結果が出ていますが、Changら自身が論文内で指摘しているように、この研究にはいくつかの限界もあります。

一つは研究対象とした人数が少ないことです。全部で79人、しかも無効群はそのうち16人しかおらず、有効例と無効例のバランスも偏っています。機械学習の結果も、過学習に陥っている懸念は拭えないように思われます。

次に、単一の医療施設の患者だけが対象になっていることです。本研究の場合、対象がNational Taiwan University Hospitalの外来患者に限定されています。したがって患者の特性に何らかの偏りが存在する可能性は否定できません。

もっとも、これらの限界はこの種の臨床研究には常につきまとう問題であるとも言えます。こうした限られた条件の中で、少しずつでも知見を積み上げて行くことにこそ意義がある、という考え方もあるでしょう。今後の研究の進展に期待したいところです。


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Asa-jirow

投稿者の過去記事

精神科医。ゲーム製作会社,法律事務所勤務を経て医師に。AI学会会員。意識のハード・プロブレム,人工人格について考察中。

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