「AIの目」が人間のミス発生を防ぐ!安全な手術を支援するAIシステム【日本メディカルAI学会レポート第3弾】

   

AIはすでに、様々な産業の垣根を超えて活用され始めています。この先のAI応用に関する議論の場は、産業ごとに細分化していくことでしょう。「AI」という軸ではなく「産業」の軸で、幅広い専門性を持った人々が集まり、産業内でAIをどう取り入れていくべきかについて議論が進められていくでしょう。

「日本メディカルAI学会」は、医療分野でのAI応用に特化した学会であり、日本における”産業特化型AI学会”の先駆け的存在です。アイブン編集部は、2020年1月31日~2月1日に東京ビッグサイトTFTホールで行われた、第2回日本メディカルAI学会学術集会に取材参加してまいりました。数々の発表が行われていた中で、編集部が特に興味深いと感じたシンポジウムについて、レポート形式で読者の皆様に共有したいと思います!(全3回)

第3弾のテーマは、”安全な医療の実現のためのAI活用”です。「診断や効率化だけではない!医療安全におけるAI活用」と題されたシンポジウムでは、4名の研究者が発表を行いました。それぞれの研究の要点を紹介していきます。

人間はミスをする生き物、安全管理AIの必要性

一人目の登壇者は、株式会社シンクアウトの最高技術責任者である升本浩紀先生でした。株式会社シンクアウトは、兵庫県のツカザキ病院眼科の人工知能チーム「Deep Oculus」が独立してできた会社で、超広角眼底画像で撮影した画像の解析に機械学習を適用した論文で世界的に有名です。

升本先生のご講演は、一般的な医療AIのイメージである”診断系AI”の必要性に疑問を投げかけるところから始まり、安全管理系AIの必要性が語られました。

10万人あたりの病院数は米国の3.5倍、医療費は保険診療で3割負担と、医療を受けるハードルが他国より低い日本においては、人間の医師による診断で十分だといいます。その上で、日本に必要なのは「効率化に関わる医療AI」であるとして、以下の3つが提案されました。

・フォローアップ系AI
日常の行動監視や投薬補助を、24時間365日安定稼働できるAIを用いて行う

・計測系AI
医療画像のセグメンテーション作業など、人間が判断に迷って時間がかかるようなプロセスをAIが行う

・安全管理系AI
気分や集中力に波がないAIの特性を活かし、AIが人間と独立した視点でミスから患者を守る

升本先生の研究チームはこの3つのAIシステムのいずれもを開発されています。今回のシンポジウムでは、特に安全管理系AIに焦点が当てられました。

人間はミスをする生き物です。これまでの人間工学研究から、手術においても1万件に1件の頻度でミスを起こしてもおかしくないことが分かっています。病院はたった1件でも事故があってはなりません。しかし、人間の脳には経験則を用いて効率的に推論を行う性質があることや、複数人でのミスのチェックでは責任が分散することで逆にミス発見を減らしてしまうことが理由で、人間による人間のミスのチェックは、100%の確実性を担保できません。

AIは、人間とは完全に独立した視点で、正確性・論理性に基づいて状況判断することができます。こうした理由から、医療現場における安全管理系AIが求められているのです。

眼科手術のミスを防止する安全管理AI「Deep Safety」

続いて、AIによる手術室内安全管理システム「Deep Safety」を開発したエンジニア・プログラマーである長田克規先生(株式会社QEEP)の発表を紹介します。Deep Safetyは、升本先生の所属する株式会社シンクアウトと共同で開発されたシステムで、眼科手術のミス防止をサポートします。

眼科手術は、短時間で行われるという特徴があります。ツカザキ病院眼科であれば、1日に数十件、年間で1万件にも達するボリュームで手術が行われます。升本先生もお話されていたように、人間は間違える生き物なので、この手術量のチェックを人間だけで行うのは不安が残ります。そこで、眼科手術の安全性を高めるために開発された安全管理AIシステムが、Deep Safetyなのです。

眼科手術に求められる安全管理のうち、Deep Safetyが担うのは、間違いによるアクシデント・事故の防止です。具体的には、

1:患者本人確認
2:手術を行う目の左右間違い防止
3:眼内レンズの種類・選択間違いの防止

をサポートしてくれます。一つ一つ見てみましょう。

Deep Safetyの基本的な原理は、画像認識によるリアルタイムデータの収集と患者データベースとの照合です。PCやiPad、Webカメラなど、身近なデバイスを使って作動させることができます。

1の「患者本人確認」では、来院時と手術室入室時にiPadで患者の顔写真撮影を行い、両者が一致しているかをシステムが判断します。2の「手術を行う目の左右間違い防止」では、患者の頭部にかけられたドレープに空いている穴が、左右のどちらかであるかをカメラで認識し、院内の患者データベースと照合を行い、手術対象に誤りがないかどうかを判断します。3の「眼内レンズの種類・選択間違いの防止」では、レンズの箱パッケージの情報をカメラで読み込み、患者に合った形状・度数のレンズであるかどうかを判断します。(眼内レンズとは、白内障患者に装着されるレンズで、種類やメーカーが豊富です)。

Deep Safetyは、実践研究も含め、実際に現場で運用されているといいます。

白内障手術を支援するモニタリングシステムの開発

続いて、白内障関連として森田翔治先生(兵庫県立大学大学院工学研究科電子情報工学専攻)の発表を紹介します。森田先生は、安全管理系AIとして「白内障手術のモニタリングシステム」の構築を目指しました。

白内障とは、眼の水晶体が白く濁って視力が低下する病気であり、日本には約100万人の白内障患者がいるとされています。白内障は手術で治療可能な病気であるものの、手術にミスがあると合併症を引き起こすリスクも高いです。現在の日本では、白内障治療ができる熟練眼科医の数が不足しており、眼科医の効率的な育成が求められています。

森田先生は、白内障手術においてミスの多い2つの工程「前嚢切開工程」と「核処理工程」に注目し、手術動画から2つの工程とそれ以外の工程を自動で識別できるシステムを構築しました。ツカザキ病院眼科で記録された303件の眼科手術動画を画像に変換し、各手術の開始時間・終了時間のデータと共に、画像認識の学習モデルである「InceptionV3」を使って学習させました。その結果、平均正答率96.5%で手術工程の自動識別に成功しました。

さらに、この識別システムを応用し、手術中に医師の動作をガイドする手術モニタリングシステムの構築を行いました。このモニタリングシステムでは「角膜と虹彩の領域」「器具の先端」「切開部」の3つの部位を表示できるほか、医師が不適切な位置に器具を動かした場合にアラートを出すしくみが搭載されています。「FC-Dense-net」というニューラルネットワークに「scSEモジュール」を組み合わせた手法で手術動画の学習を行い、それぞれ最大96.5%、86.9%、94.9%の精度で部位の認識ができるようになりました。

高度な技術を要する手術工程をこうしたAIが支援することで、医師の育成が進み、不足している医師を補うことが期待できるでしょう。

「ガーゼの取り残し」の発見を画像認識でサポート

最後に紹介するのは、長澤利彦先生(ツカザキ病院眼科)のチームが開発した、手術中のガーゼ置き忘れを判定する画像認識システムです。

手術中に患者の体内で使用したガーゼは、切開部を閉じる前にすべて取り除かれるべきものですが、ミスによってガーゼの取り残しがまれに起こりえます。2017年には、全国276施設から26件のガーゼ取り残しミスが発生したことが報告されました。

通常、ガーゼが体内に残っているかどうかは、手術中にカウントされることに加え、手術終了後にレントゲン画像を撮影し、PCモニタ内の画像を見て判断されます。しかし、胸腹部外科手術のような長時間に及ぶ手術のあとでの確認は、集中力の低下や疲労感によって、確認ミスが起こりやすいといえます。こうしたミスは、根本的に解決することが難しいものです。そこで、深層学習を用いてレントゲン画像からガーゼの有無を判断する画像認識システムが開発されました。

最初の研究では、腹部にガーゼを載せた男性の腹部レントゲン画像を撮影し、「VGG-16」と呼ばれる画像認識モデルを適用しましたが、精度は59%と、当てずっぽうと変わらない結果になりました。そこで、次の研究で、モデルを「DenseNet」に変更し、画像の前処理などを工夫したところ、精度96.4%にまで向上させることができました。

レントゲン画像を見る際、ガーゼの有無は、ガーゼについている線状の刺繍が写り込んでいるかどうかによって判断されます。この線は、熟練した医師でないと見分けるのが難しいもので、AIの目であっても同様に難しいタスクです。実際の手術の現場では、チューブなどのガーゼ以外の異物が含まれていることもあります。そうした煩雑な状況の中でガーゼを認識することができるかどうかが、現場で応用する際のポイントとなってきます。

精度が100%でないものを医療現場で用いることには議論の余地がありますが、少なくとも研究者の皆さんは、事故をゼロにできないとしても1件でも多く減らすことができれば、AI利用には価値があると考えています。人間とは別の視点を持ち、安定して稼働できる「AIの目」による安全管理の導入は、ミスをしやすい人間の弱点を補ってくれることは間違いないでしょう。

連載「日本メディカルAI学会2020 レポート特集」(全3回)
第1弾 病気研究がAIで加速、個人に合わせた医療の実現をめざして
第2弾 画像認識AIは、患者と医師の良きパートナーになる
第3弾 「AIの目」が人間のミス発生を防ぐ!安全な手術を支援するAIシステム

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